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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)58号 判決 1995年12月06日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた判決

一  原告

特許庁が平成二年審判第一二九六号事件について平成七年一月九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和六二年五月六日に登録出願され、平成元年九月二九日に設定登録された登録第二一六八五六一号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。

本件商標は、「原米洲」の漢字を横書きした別紙1表示の構成からなり、第二四類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)、レコード、これらの部品及び附属品」(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令の商品区分による。)を指定商品とするものである。

被告は、原告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成二年審判第一二九六号事件として審理したうえ、平成七年一月九日、「登録第二一六八五六一号商標の指定商品中『おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具』についての登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年二月八日、原告に送達された。

二  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標と、「米洲」の漢字を縦書きした別紙2A表示の構成からなり、第六五類「人形、その他本類に属する商品」(大正一〇年農商務省令第三六号商標法施行規則一五条の規定による商品類別による。)を指定商品とする登録第五七〇七三八号商標(昭和三五年三月一日に登録出願、昭和三六年五月一日に設定登録、昭和五六年七月三一日及び平成三年六月二六日に存続期間の更新登録。以下「引用A商標」という。)及び「べいしゆう」の平仮名文字を横書きした別紙2B表示の構成からなり、第二四類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令の商品区分による。)を指定商品とする登録第二〇一五二九八号商標(昭和六〇年一〇月二五日に登録出願、昭和六三年一月二六日に設定登録。以下「引用B商標」という。)とは、「ベイシュウ」の称呼及び「米洲」の観念を共通にする類似の商標であり、かつ、本件商標の指定商品の中の「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」は、引用A商標及び引用B商標の指定商品と同一又は類似する商品であるから、本件商標は、その指定商品中の「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」については、商標法四条一項一一号(平成三年法律第六五号による改正前のもの。以下同じ。)に該当するにもかかわらず登録されたものであるから、同法四六条一項一号の規定により無効とすべきものであるとした。

第三  原告主張の審決取消事由の要点

一  取消事由一(原米洲の名の周知性の認定の誤り)

審決は、本件商標と引用A商標及び引用B商標との類否判断の前提として、「本件商標は、『原米洲』の文字を書してなるが、請求人の提出した甲第七号証乃至甲第一一号証をみると、それは、武者人形、御所人形、三つ折人形などの人形製作者であり、また、人形の胡粉仕上げの名人であって、『準人間国宝』ともいうべき『記録作成等の措置を講ずべき無形文化財』(記録作成が必要な文化財)保持者である『原徳重』に関する記事であるところ、該記事からして『原米洲』の文字は、『原徳重』その人自身を表示したものであり、そして、『米洲』の文字は、同人の雅号を表したものと認識させる。しかして、甲第七号証乃至甲第一二号証からみれば、『原米洲』の文字は、人形を取り扱う分野においては、本件商標の出題時以前より、取引者、需要者間に広く知られるに至っていたものと推量し得るところである。そうすると、本件商標は、これをその指定商品中『人形』について使用すれば、これに接する取引者、需要者は、これより、人形製作者であって、準人間国宝級に指定された『原徳重』及び同人の雅号の『米洲』をも容易に想起し、印象付けられるものというのが相当である。」(審決書一九頁一九行~二一頁一行)と認定しているが、誤りである。

審決の挙げる上記証拠(当審における甲第五~第一〇号証の一、二)からは、人形を取り扱う分野において、本件商標の出願時以前より、「原徳重」といえば「原米洲」を直感し、「原米洲」といえば「原徳重」を直ちに認識できる程度に、一般取引者、需要者間に全国的に広く知られるに至る程度に周知著名であると、断じることはできない。

すなわち、「原米洲」、「原徳重」及び「米洲」が同一人物として周知著名であるとするには、「人形」は、地方名産品ではなく、その取引者、需要者は全国に及んでいるから、全国的に広く知れ渡っていることが必要であり、また、指定商品の一つについての専門家、専門業者間における著名性では足りず、一般取引者、需要者について判断されるべきであるところ、審決の挙げる上記証拠中、新聞記事(当審甲第五~第九号証)は、本件商標出願日である昭和六二年五月六日より二〇数年以前の昭和四一年中の地方版の記事であり、審決も述べるとおり推量程度の証拠であって、本件商標の出願時以前より、「原徳重」及び「原米洲」が一般取引者、需要者間に全国的に広く知られるに至った事実を立証するに十分ではない。審決には、単なる主観的推量によりあたかも歴史上の著名人と同様な取り扱いをしている点において、事実を誤認した違法がある。

乙号各証には、「原徳重」が「原米洲」と同一人物であり、雅号が「米洲」であると一見して直感するに足る記載はない。また、一私人の僅かなカタログ程度(乙第一~第六号証、第一二~一五号証)では、人形の産業分野において全国的に広く知れわたっていることを証明するに十分ではない。なお、甲第一〇号証の一、二、乙第四~第六号証、第八~第一一号証は、本件商標出願時以降のものであって、証拠価値を有しない。

仮に商標法四条一項一一号の該当性の判断の基準時について査定時説を採用したとしても、被告提出の証拠では、本件商標の査定時である平成元年五月一二日において、周知著名であったとは認められない。上記周知著名性は、各省所管局長、都道府県知事、市町村長その他の公共団体、商工会議所、同業組合その他の証明書、商業帳簿、仕切伝票、納入伝票その他多くの証拠によって総合的に立証されるべきである。

二  取消事由二(類否判断の誤り)

本件商標は、「原」と「米」と「洲」との各文字間に段落もなく、かつ、相互に軽重の差もない状態で各文字が結合され、しかも、その結合も極めて自然に一体的に一個の商標として結合された造語であるから、これを各要素に分離して観察すべきではなく、一連不可分の原則により全体と一体として考察されなければならない。

本件商標において、「原」に続く「米洲」の文字が誰でも一見して人名と直感するものでない以上、「原」の文字がありふれた人の氏を普通に用いられる方法で表示されたものとは認め難く、「原」の文字を除外して考察すべきではない。

そして、一体としての「原米洲」と引用A商標及び引用B商標とを比較すると、外観は類似しない。

次に、観念は一見して世人に直ちに一定の意義を理解させるようなものでなければならないところ、前記のとおり、人形を取り扱う分野において、本件商標の出願時あるいは審査時に、一般取引者、需要者が、「原徳重」といえば、「原米洲」を直感し、「原米洲」といえば、「原徳重」を直ちに認識し、「原米洲」の雅号が「米洲」であると認識できる程度に全国的に周知著名の域に達していたと断じることはできないのであるから、一般取引者、需要者は、「原米洲」と「米洲」又は「べいしゆう」が同一人物を表していると認識するものではなく、したがって、「米洲」又は「べいしゆう」の商標を一見したときに、直ちに「原徳重」又は「原米洲」を直感できるものではない。したがって、完全に結合された造語というべき「原米洲」と引用A商標及び引用B商標とは観念において類似しない。

さらに、「原米洲」が「ハラベイシュウ」と称呼されるとしても、商標一体性の原則により、「ハラ」の称呼を除外することができず、「ハラベイシュウ」と一連に称呼されるのであるから、「ハラベイシュウ」と引用A商標及び引用B商標とは称呼の点においても類似しない。

なお、引用A商標及び引用B商標が長年使用された結果全国的に周知となり、それ故に引用A商標又は引用B商標を付した商品と本件商標を付した商品とが具体的出所の混同を来たしている場合には、本件商標が引用A商標及び引用B商標と類似するに至ることはあるとしても、本件において、このような事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、審決の本件商標が引用A商標及び引用B商標と類似するとの判断は誤りである。

第四  被告の反論

一  取消事由一について

審判の段階で提出された資料(甲第五ないし第一〇号証の二)によっても、高島屋の五月人形やひな人形のカタログ(昭和五八年、昭和五九年、昭和六一年~平成元年各発行、乙第一号証、第三~第五号証、第一二~第一五号証)、三越のひな人形カタログ(昭和六〇年発行、同第二号証)、雑誌「ラ・セーヌ」昭和六一年一一月号(同第七号証)、NTTの広報誌「CITYSOURCE」(昭和六四年発行、同第八号証)、「江戸東京の老舗」(平成二年五月二〇日発行、同第九号証)、「銀座BOOK」(平成三年七月二九日発行、同第一〇号証)、「DOCTORS Siesta」(平成四年二月一〇日発行、同第一一号証)からも、本件商標の出願時である昭和六二年五月六日以前及び査定時である平成元年五月一二日当時はもちろんのこと、現在に至るまで、人形を扱う分野において、「原米洲」は人形作家「原米洲」その人を表すことが、取引者、需要者間に広く知られ、「原米洲」の文字に接する取引者、需要者が、人形製作者であって、準人間国宝級に指定された「原徳重」及び同人の雅号「米洲」をも容易に想起し印象付けられることは明らかである。

周知の程度については、必ずしも一般取引者、需要者において、全国的に周知の域に達していることを要さず、一定地域において、取引者、需要者に広く知られていれば足りる。

二  取消事由二について

「原米洲」の文字のうち、「原」の部分が氏を表すことは明らかであり(甲第八~第一〇号証)、「原米洲」の作品たる人形の作札にも単に「米洲」と記載されている(乙第一一~第一五号証)ことにも示されているように、「原」が略されて、単に「米洲」と表されることが多く(乙第一~第一五号証)、「原米洲」の文字のうち「米洲」が人形作家「原米洲」を表す重要部分として作用していることは明らかである。

原告もまた、「原米洲」が「原」と「米洲」とから成ることを表示して宣伝に用い(乙第一六号証)、原告の店舗の看板においても、「はら」と「べいしゆう」とを分離して用いている(乙第一七号証)ことからも、「原米洲」が「原」という部分と「米洲」という部分から構成されていることは明らかである。

したがって、原告の、「原米洲」を一連不可分のものとして引用A商標及び引用B商標と比較すべきであるとの主張は理由がない。

そして、「原米洲」という文字に接した場合には、これを見た者は、「米洲」という文字に注目するから、外観において引用A商標及び引用B商標と類似する。

また、本件商標の「原米洲」からは人形作家「原米洲」が想起され、引用A商標の「米洲」、引用B商標の「べいしゆう」からも人形作家「原米洲」が想起されるから、本件商標と引用A商標及び引用B商標とは観念においても類似する。

さらに、称呼においても「ハラベイシュウ」と「ベイシュウ」とは、重要な部分である「ベイシュウ」において、完全に重なり合い、称呼においても類似する。

原告は、本件商標出願時以降の資料(甲第一〇号証、乙第四~第六号証、第八~第一一号証)は、証拠価値がないと主張するが、商標法四条一項一一号の適用にあっては、査定時(平成元年五月一二日)が基準となるものである。査定時以後に発行された雑誌は、老舗として紹介されていることを示すためである。

第五  証拠《略》

第六  当裁判所の判断

一  取消事由一(原米洲の名の周知性の認定の誤り)について

昭和四一年三月二四日付け読売新聞千葉版(甲第五号証)、同日付け朝日新聞千葉版(同第六号証)及び同日付け千葉日報(同第七号証)によれば、昭和四一年三月二三日、人形作家「原米洲」(本名「原徳重」、雅号「米洲」)の古典人形製作技法のうち「胡粉彩色の技術」が国の重要無形文化財指定に準ずる措置である「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(記録作成が必要な文化財)」として国の手で記録保存されることが答申され、答申に従って正式決定されることが、いくつかの全国紙の千葉版及び地方紙で報道されたこと、昭和四一年一一月一二日付け東京新聞(同第八号証)及び同日付け読売新聞(同第九号証)によれば、人形作家原徳重(雅号「米洲」)が黄綬褒章を授章したことが全国紙の千葉版及び地方紙で報道されたこと、昭和六三年度版美術名鑑(同第一〇号証の一、二)には、「原米洲」が現代人形著名作家に挙げられ、「無形文化財、勲五等瑞宝章、黄綬褒章、東京御所献上、国立東京博物館永久保存」と紹介されていること、昭和五八年から昭和六三年(ただし、昭和六〇年を除く。)発行の高島屋ひな人形カタログ(乙第一二~第一五号証、同第四号証)、昭和五九年、昭和六二年、昭和六三年発行の高島屋五月人形カタログ(乙第一、第三、第五号証)、昭和六〇年発行の三越ひな人形カタログ(乙第二号証)には、原米洲製作のひな人形あるいは五月人形が写真によって示され、「無形文化財原米洲作」、「米洲作」として紹介されており、有名デパートで、昭和五八年から昭和六三年ころにかけて、販売されていたこと、株式会社学研発行「ラ・セーヌ」昭和六一年一一月号(同第七号証)によれば、昭和六一年一一月頃、無形文化財「原米洲」が製作した御所人形、ひな人形、武者人形の広告が全国に頒布される大手出版社発行の雑誌に掲載されたことが、それぞれ認められる。

そして、商標登録出願に対する登録査定に当たり、商標法四条一項一一号に規定する消極的登録要件の存否は、査定時を基準として判断するべきものであるところ(同条第三項の反対解釈)、商標登録無効審判請求手続においては、同号の規定に違反して登録査定がなされたか否かを判断する(同法四六条一項一号)のであるから、その判断の基準時は登録査定時とすべきことは明らかであり、上記認定の事実によれば、本件商標の登録査定時である平成元年五月一二日当時、人形の取引者、需要者の間において、原徳重は、「米洲」の雅号でもって、日本の古典人形の製作者として著名であり、「原米洲」あるいは「米洲」は、同人を表す名称として、広く知られていたことが認められる。

したがって、本件商標の登録査定時において、本件商標を、その指定商品中「人形」について使用すれば、「原米洲」の文字に接する取引者、需要者は、「原米洲」の文字が著名な人形作家を表示したもので、その「原」が同人の氏であり、「米洲」がその名あるいは雅号であることを容易に認識できることは明らかである。

原告主張の取消事由一の主張は採用できない。

二  取消事由二(類否判断の誤り)について

上記事実によれば、「原米洲」の漢字を横書きした別紙1表示の構成よりなる本件商標は、その文字に相応して、「ハラベイシュウ」の称呼を生じ、著名な人形作家の名称あるいは雅号である「原米洲」、「米洲」の観念が生ずるものというべきである。

他方、「米洲」の漢字を縦書きした別紙2A表示の構成からなる引用A商標と、「べいしゆう」の平仮名文字を横書きした別紙2B表示の構成からなる引用B商標は、それぞれの文字に相応して、「ベイシュウ」の称呼を生じ、上記事実によれば、これらをその指定商品中「人形」について使用すれば、著名な人形作家「原米洲」の雅号である「米洲」が想起され、人形作家「原米洲」が観念されるものと認められる。

したがって、本件商標は、引用A商標及び引用B商標の有する人形作家「原米洲」の観念が生ずることにおいて同一であり、称呼において類似し、また、外観においても、本件商標と引用A商標とは、「米洲」の文字において一致し、その字体においても類似するから、全体として類似する商標というべきである。

原告の、完全に結合された造語というべき「原米洲」は一体不可分であるから、本件商標と引用A商標及び引用B商標とは観念において類似しないし、さらに、「原米洲」が「ハラベイシュウ」と称呼されるとしても、「ハラベイシュウ」と一連に称呼されるのであるから、本件商標と引用A商標及び引用B商標とは称呼の点においても類似しないとの主張及びその余の主張の理由のないことは、上記に判示したところから明らかである。

原告主張の取消事由二は、採用できない。

三  本件商標の指定商品中の「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」が、引用A商標の指定商品「人形、その他本類に属する商品」(大正一〇年農商務省令第三六号商標法施行規則一五条の規定する商品類別の六五類「玩具及び運動遊戯具」に属する。)及び引用B商標の指定商品「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」と同一又は類似する商品であることは、原告の明らかに争わないところである。

四  以上によれば、本件商標は、その指定商品中「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具」について、商標法四条一項一一号に該当し、同法四六条一項一号の規定により、その登録を無効とすべきものであるとした審決の認定判断は正当であって、他に審決を取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切 瞳 裁判官 芝田俊文)

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